染野里奈さんが大好きだった話を3週間かけて書いた


2017年12月31日
大好きで仕方のなかった推しメンが、私がみたことのない顔で笑っていた。
穏やかに、優しく、言葉より雄弁な笑顔を残してステージを去っていった。
ぽかりと自分に穴が空いた。

 

原宿駅前パーティーズというグループに私の大好きな子は所属していた。
名前の通り原宿駅前に100人キャパの専用劇場を構えるアイドルグループ。劇場オープン当初は毎週末行われる公演チケットの当選倍率40倍と、そりゃぁもう勢いのあるグループだったらしい。らしい、というのも私が初めてそこに足を運んだのはオープンから約2年後。2017年6月18日のことだったからだ。

 

その日は前々から親交の深かった友人から「一度来て欲しい」と誘われてそこに向かっていた。正直まったく興味がなかったし、当時やっていた仕事がそっち系だったので役立てばいいなくらいの軽い気持ちで観るつもりだった。………開始3秒で恋をした。

恋という表現だと語弊がある気もするけど、その子から目が離せなくなった。目が合うとピリッと電流が走るような、そんな緊張感をまとう子だと思った。かと思えばMCでは気さくな飾らない姿を見せて、屈託なく笑う子で。そのアンバランスさが不思議だと思った。なによりもどこか何かを持て余している様子が美しい人だと思った。推しだった。

 

気付いたら次の週も、またその次の月も私は毎週末のように原宿にいた。完全に原宿に呼ばれていた。いや、呼ばれてはないけど、原宿が冷蔵庫だとしたら私は水道屋のマグネットだったくらいにはそこに毎週いた。

通えば通うほど、見れば見るほどにその美しく可愛らしい外見を愛でたくなったし、踊ってる様子にワクワクしたし、一つ一つの所作に何度も息を飲んだ。メンバー同士の会話の中で見つける優しさやサッパリしたとこすら超ド級に私のツボだった。

劇場に通い始めて2ヶ月が経とうとしていた。

少しずつ、一見クールに見えるその子が楽しそうにしている姿を目にする機会が増えて、それが見れた日はたまらなく嬉しくなって、私は宝物みたいにその瞬間を閉じ込めては反芻した。

その子が原駅内で所属している「原駅ステージA」というグループの単独公演の時、MCでメンバーと話している時、ファッションショーのお題(原駅の公演中にあるお題に大喜利で返すみたいなコーナー)で客にウケた時、ダンスナンバーを踊り終わった時。

その子は大きな目を線にして、大きな口を目一杯開けて、笑っていた。

笑顔がとってもかわいい人だった。人懐っこく屈託無く、愛されるために必要な全てが詰まった笑い方をしていた。きれいな造形をクシャリと音を立てるように崩す姿を見ていると、こっちまでたまらなく嬉しくなって、優しい気持ちになって、その感情の心地よさにいつだって助けられていた。どうしようもなく尊かった。

 

そうやって好きなところを少しずつ見つけていって、その子を更新させていって、生活の一部のように感じるようになった。必然的に劇場に通う回数も増えて、そこでの友人も増えて、その子や原駅について話す時間や考える時間が増えていった。

 

4ヶ月目。その子の生誕公演があった。

その子のためにメンバーが飾り付けた劇場、いつもよりビシっと決めているように見えたステージング、あまり聞いたことのない実家の話をした1人MC、今でもこの公演は私にとって特別で、鮮明に覚えてることが多い。
メンバーの顔、ファンの顔、その日の空気感、全てが愛おしい空間だった。とても愛されてる子なんだなって思った日だった。

同時に賢くて優しい子だと思ったのもこの日。
その子がサプライズで同じグループのメンバー1人ずつに手紙を書いてきて読み上げたんだけど、その1人ひとりに寄り添うような内容にとても驚かされた。
メンバーそれぞれが大切にしている姿勢や努力をやわらかい言葉で綴り、その反面抱える不安を優しく包みこみ、重くなりすぎないように小ネタを挟み、感謝を丁寧に述べたその手紙。
メンバーはもちろん私すら涙をこぼした。
暖かい子だと思った。心地よい温度感で他人に寄り添う子だと思った。
手紙にある言葉のチョイスや文章の構成も良くてね、 その知的さにも心が揺れた。
あまり語りたがらないその子の輪郭がぼんやりと見えてきたような気がした。好きが募っていった。

 

って、こんな風に書いていったらキリがないくらい、毎週末その子を観ては、私はその一挙手一投足に思いを馳せて、その1つひとつを大切に思っていた。

バラエティ番組に出てたくさんのタレントに囲まれて表情がぎこちなかったこと、がんばれがんばれと親みたいな姿勢で観たこと。

劇場を飛び出して大きなステージに立っても存在感を失わなかったこと、そこで初めて遠くから観た彼女の頭身がきれいで好きなのを知ったこと。
MCでまとめ役の子が休みな時は円滑に会話が進むようにサポート役が出来ること、聞き上手な姿を見て握手したい欲がつのったこと。
遅刻した罰でモノマネ10連発やらされていたこと、そのモノマネが意外に上手くて手を叩いて笑ったこと。
大学生なのに普段2000円しか持ち歩かないこと、形が特徴的な可愛い私服を着ること、意外に読書が好きなこと、ノリがいいこと、ちょっと不器用なこと、いじられて顔を真っ赤にすること、顔をくしゃくしゃにして泣くこと、リップの色が変わっていたこと、些細なことも、大したことないことも、全部きっとその子だから特別に思えた。

 

いつのまにか半年の月日が流れていた。

 

クリスマス公演に年末公演、普段とは違う公演で目白押しな12月。賑やかな街の様子と比例するように劇場もまた装いを変えていて、私はどこか浮かれたままそこに通っていた。

 その月の後半に訪れたその子の変化は唐突だった。
髪型のバリエーションが増えて、SNSをあげる回数が増えて、笑顔が増えて、目がよく合うようになった。最初に感じていた何かを持て余すような雰囲気がどんどん薄まっていっていたように感じた。
浮かれたままの私にとってはそのどれもが単純に嬉しいことで、ただただ跳ねるように喜んで、笑っていた。だって嬉しかった、ちゃんとその子がここにいる感じがした。今年この子と出会えて良かったって心底思った。だって観ているだけで幸せだった、半年間で一番穏やかな気持ちだった。

 

終わりに気がついたのは前日のことだった。

本当に理解しがたいし、これだけは文句しかないのだけど、原駅ってグループには卒業発表という類いのものがない。気づいたらそこにいなくて、気づいたら契約終了のお知らせが事務的に、劇場の休演情報やグッズの紹介みたいに何でもないことのように載るだけだ。

だから察するしか、感じ取るしか私たちにはなくて、前日に気がついた時には気持ちの整理も何もなくて、ただただこれから訪れる喪失感の影から逃げるように友人と咽び泣いていた。

 

当日、泣きそうな顔をして口をひん曲げて観る私と、去るにしてはあまりにも穏やかなその子の対比はなんだか喜劇じみていた。

その子はただただキラキラしていた。今までで一番大好きだと思える笑顔で手を振っていた。その子が手を伸ばすだけで、視線を動かすだけで、そこに立っているだけで、どうしようもなく華があった。私はやっぱりその様子に魅せられていた。

その子がいなくなっちゃうことが辛いのに、その存在にまた救われていて、どこまでもどうしようもなかった。このまま時間が止まってしまえばいいのにって何度も何度も思った。でも、合いすぎなくらい合うその子の目がこれが最後だと語っていて、握手も何もしたことのないその子と初めて会話をしたような気がして、皮肉だと思う前に嬉しかったんだから本当になんかもうオタクだった。最後の最後まで見たことのない笑顔で何度も何度も大きく手を振って、その子はそこを去っていった。

 

その様子が、あの笑顔が、今でも忘れられない。

 

たった半年だった。活動開始から2年半以上経過していたその子のたった半年。それしか私は観ていなかった。ほかの人みたいに握手もしたことがないし、劇場外のステージでその子を観たことはたった2回しかない。生誕も特別な公演も多くて1回しか観ることがなかった。

でもこれだけは結構自信があって、ちゃんと好きだった。

 

まだ観ていたかった。知らないこと、知りたいことがまだまだたくさんあった。バカみたいなリプもまだまだ送りつけたかったし、一瞥されただけで喜んだり、髪型が変わっただけで嬉しくなったり、ただただかわいいって思ったり、ダンスで好きな場所見つけたり、ファッションショーのお題やMCで見せる面白さに大声出して笑いたかった。

 

そんな風に何度も繰り返し思っては打ちひしがれて、年明け5日くらいはそれはもう絶望的な気分だった。年越しなんて上手く出来るわけもなく、世間から置いて行かれたような気がしていた。

 

でもあの最後の笑顔を思い出す度に、これが最良の選択だったんだろうと思うしかなかった。だってなんか、思い残すことがなさそうだった。悔しいくらいに清々しくて、穏やかで、優しくて、全然違うのかもしれないけど、少なくとも私にはそういう笑顔に見えた。悲しいとか寂しいとかって気持ちを飛び越えて、おつかれさまって気持ちが勝ってしまった。そう思った頃にはもう、その子がいない現実を受け入れる心構えが出来てしまっていたんだと思う。

 

 


そしてもう少しであの子が見れなくなってから1ヶ月。


どうにか染野さんへの気持ちを言葉にして吐き出さないとずっと暗いままだ、とこのブログを5日から毎日少しずつ書いてきてもう24日。ここまで書くのに3週間も要したのウケるよね。長い期間かけて書きすぎて気持ちの波があるので、語り口や言い分などまとまりがないし重複もしているだろうけど、もうほぼ闘病日記に近いものなのでそれでいいのかなって思ってる。

こうして振り返ってみると瞬きの間みたく、あっという間だった。毎日毎日、楽しかったし嬉しかったしハッピーだった。染野さんを観ている間ずっと、私は何かとてつもない奇跡みたいなものを見せられている気分だった。それだけでたぶんもう幸せだったと今は思ってる。だって出会えて良かったってめっちゃ思うし、画像とか動画とか見ると、嘘だろ!この世の奇跡か!?かわいすぎ!すきぃ〜〜♡♡♡壁画に彫って後世に残さなきゃ!!って気に今でも全然なるよ。そもそも勝手に異常に好きだっただけだし、これからも勝手に好きでいるんだと思う。

なんか、そこに推しがいなくなっても 私が染野さんを好きなことはもはや生活であり習慣なんだよね。だから世界が回転するように、朝と夜が来るように、当たり前のように更新されていくんだろうなと思う。


染野さんもまた彼女が選んだ人生を、私が見れない場所で当たり前のように更新させていくんだろうなと思う。

 


と、いうことで毎日笑って幸せにいてください推しメン!!!一般人でも芸能人でも宇宙人でも、染野さんが笑ってられる未来を選んでるなら最高に幸せです!!!心の中の応援団総動員でひっそり応援してます!!!
そりゃぁもう散々と痛くてキモいこと長々と書いた自覚はあるけど、染野さんがくれた時間とか感情とか、そういうのやっぱり1ヶ月が経とうとしている今も、たぶんこの先も大切なものなんだよ。謎にハッピーエンド的な気持ちになってるので、これくらいは許してほしい。

あー!4800字書いた今気付いたけど、結局言いたいこと染野里奈さんが大好きですだけっぽい!!!